
今の若者たちが実際に経験していることに基づいた、
とても現実的な物語になってると思う
INTERVIEW:P.G. BRUNELLI/MOVIE STAR
’76年版の映画「キャリー」のラストで、突然地面から彼女の手が現れるシーンは、映画史に残る最も恐ろしい瞬間のひとつである。その恐怖が今、スティーヴン・キング公認のテレビ・シリーズとして蘇る。2時間ではなく、8時間かけて描けたことで、ショーランナー兼監督を務めたマイク・フラナガンには、映画とはまた違う大きな自由が生まれ、そのお陰で、登場人物たちもより深く掘り下げることができたようだ。
――あなたはスティーヴン・キングの作品を、すでに3回映画化してますよね?
マイク・フラナガン監督:ああ。「ジェラルドのゲーム」(’17)と「ドクター・スリープ」(’19)と「サンキュー、チャック」(’24)の3本をやったよ。
――本作が初めてのミニ・シリーズにあたるわけですが、映画と違って、長い尺でやれることのメリットについて教えてください。
フラナガン監督:これまでスティーヴンの作品を映像化してきた時は、とにかく時間が足りないから、いつもどうやってストーリーを小さくまとめるかとか、映画に収まるようにどこを削るかってことばかり考えてきたんだけど、今回は初めて、逆に、どうやって広げるかについて考えることができたんだ。だから、原作以上に、どうやってそれぞれのキャラクターをもっと深く掘り下げられるか、そして、どうやってキャリーを取り巻く世界をもっと大きくできるか、といったことについても考えられたし、そうやって物語を膨らませられるのって僕にとっては、凄く楽しいことなんだよね。テレビ・シリーズのそういうところが個人的には大好きなんだ。そんなわけで、これまでスティーヴンの作品は何度か手掛けてきたけど、今回は、全く違うアプローチを取ったんだ。

――例えばキャリーの母親など、主人公以外のキャラクターももっと掘り下げられたのではないでしょうか?
フラナガン監督:その通り。母マーガレットやクリスをはじめ、ほとんどのキャラクターをもっと詳しく描くことができたよ。原作には素晴らしい断片や要素が沢山あって、今回は、それらを分解しながら、そこから別の新しいものを組み立てていくことができたんだ。そういう機会ってスティーヴンの作品を映像化する上ではなかなかないから、とてもいい経験だった。それに、じっくり時間をかけてこの物語を伝えられるというのも大きなメリットだと言えるよ。これは悲劇の物語なわけだけど、このような暴力的な悲劇というのは、ひと晩で突然起こるものではなくて、少しずつ段階を踏みながらゆっくりそこへ近づいていくんだよね。ひとつの決断が次の決断に繋がって、それがさらにまた別の決断に繋がって、最終的に、そういう積み重ねが残念ながら悲劇を生むっていう。本作の場合だと、最後のプロムでの出来事が起こるまでの過程や、あれほど大きな悲劇へと繋がったそれぞれのキャラクターの行動や選択なんかも細かく描くことができたから、ストーリーテラーとしては、本当に素晴らしい機会だったと感じるよ。

――本作を作る上で、映画版を意識することはありましたか?また、そういう作品がすでに存在していることに関するメリットとデメリットは?
フラナガン監督:デメリットは、ブライアン・デ・パルマ監督の映画が名作で、この上なく象徴的な作品だということだね。だから、僕にとっての使命は、すでにあの作品が踏み込んだ領域には、可能な限り踏み込まないことだった。最大のデメリットと言えば、やっぱり本作における僕らの判断や、出演者たちの演技があの象徴的な作品と比較されてしまうという点だと思うんだけど、その一方で、自分たちならではの全く違う作品を作ることができたわけだし、そういう素晴らしいチャンスも僕らには与えられたと感じるよ。例えば、サマー・ハウエルのキャリーの演じ方は、シシー・スペイセクのキャリーとは全く違うし、サマンサ・スローヤンのマーガレットの演じ方もパイパー・ローリーのものとは全く違って、まるで別のキャラクターのようなんだ。そんなわけで、新しいことをするための素晴らしいチャンスはもらえたわけなんだけど、当然ながら、あれほど象徴的で、映画史に残るような名作の後にこういうことをやるのは、やっぱりとても怖いことだよ。
――そういう点で、現代が舞台になっていることが大きな助けになったのではないでしょうか?ソーシャルメディアをはじめ、50年前には存在しなかったものが今は沢山あるわけで。
フラナガン監督:その通り。そういう部分こそが、今回この作品を作るにあたって、僕が一番ワクワクした点なんだ。スティーヴンが原作を書いた時代や、ブライアンが映画を作った時代には存在しなかったものを本作では扱えるし、そういう違いがあることで、僕らならではの全く違う物語を伝えられるわけだからね。そんなわけで、僕らの描くキャリー・ホワイトの物語は、全く違う世界の上で成り立ってるし、キャラクターたちの決断も、反応も、現実のあり方も、そしてこの物語が持つ意味そのものも半世紀後の現在によって、全て変わってくるんだ。本作では、学校での銃撃事件やソーシャルメディア、ネットいじめ、そして、そういった残酷さがもたらす結果についても描いてるんだけど、そういう今の世界の状況は、きっと当時のスティーヴンにも、ブライアンにも想像できなかっただろうね。とにかく、今の若者たちが実際に経験していることに基づいた、とても現実的な物語になってると思う。
――スティーヴン本人もクリエイティヴな部分に関わっているのでしょうか?それとも完全な自由が与えられたのでしょうか?
フラナガン監督:もちろん関わってるよ。そもそも彼の承諾なしには絶対にやらなかったし、一番最初に必要だったのは、スティーヴン本人からのゴーサインでね。最初の段階のキャスティングとかに関しては、ちゃんと彼の承認を得たし、そういう点では関わってるけど、その後は自由にやらせてくれたよ。■
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